カルト支配

格差を拡大させた安倍政権なのに芳野連合会長が国葬に出席する理由

連合の芳野会長が安倍元首相の国葬に出席を表明した。

芳野氏は会見で、国葬の判断基準や法的根拠などに問題点が多いことを指摘した上で「政労使の一角である労働界に案内がきて、労働側代表として責任をどう果たすべきか。国葬のあり方と凶弾に倒れたことに弔意を示すことは区別する必要があるのではないか」と理解を求めた。ただ、報道各社の世論調査で国葬への反対が多数を占める結果が相次いでおり、「国民を二分し、多くの人が納得していないことを政府は受け止めてほしい」と注文もつけた。

引用:https://mainichi.jp/articles/20220917/k00/00m/010/050000c

今回の国葬は法的根拠もなく閣議決定だけで決められ、最近のどの世論調査を見ても国民の過半数が反対している上に、エリザベス女王の“本物の国葬が15億円とも言われているのに対し、それを超える17億円もの費用がかかるらしい。

しかも岸田首相が決断した理由は麻生副総裁が岸田首相に「理屈じゃねえんだよ」とごり押ししたことだとか。

そもそも国民の間で反対多数というのも、多くの国民が安倍氏自身が多額のコストをかけて「国葬」を行うに値する人物とは思ってないわけで、まともな判断のできる人物なら、こんな法的根拠もない民意の賛同のない反民主主義的な“イベント”にはたとえ招待を受けても不参加の返事をする、あるいはれいわのように「国葬儀に与する行為」と考えて返事すらしないのが正解だろう。

しかしそんな国葬に芳野連合会長は「労働者側の代表」として出席するらしい。

参加しなくても「弔意」は示せると思うし、少なくとも「労働者側の代表」を語るなら、教団もとい凶弾に安倍氏が倒れたことへの弔意と安倍氏を正しく労働者側にとってどのような人物だったかを評価することも区別すべきではなかろうか。

というのも安倍政権は7年8ヶ月の間非正規雇用を増やし、格差を拡大し続けてきた政権だったからだ。

例えば2015年9月の労働者派遣法の改悪では、それまで派遣労働者には3年という期限があり、その後も同社員と契約したい場合は企業側は正社員として雇い入れるというのが原則であったが、同じ部署で3年経過後であっても派遣労働者を入替することができるようになり、結果的に“派遣の固定化”を可能にしてしまった。

経済政策では、アベノミクスの円安誘導で確かに大企業は利益が増えたし、日銀のETF買入で株価が上昇したことで富裕層には恩恵があったかもしれないが、大企業は内部留保が膨らむばかりでトリクルダウンはいつまで経っても起こらなかったし、労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)も43年ぶりの低さとなるなど下がり続ける一方、円安やコロナに伴う物価高騰にも関わず実質賃金も下がり続けて低いままだった。

さらにはデフレ不況のもとで消費増税を二度も行い、コロナ禍でも世界各国が大規模な財政出動による手厚い給付を行っているにも関わらず、安部政権下の日本で一般の国民に対して行われたのは10万円の給付一回と、南京虫が潜んでいるかもしれないアベノマスク2枚の支給だけ。

これまでの新自由主義的政策を改めることもなく、小泉竹中の路線を継承、継続した。

子どもの六人に一人が貧困となってこども食堂が全国に6000ヶ所も誕生したのにそれを為政者のトップとして恥とも思わず、他人事のようにメッセージを送る厚かましさ。

一部に安倍政権になってジニ係数(所得格差の度合いを測る指標)は増えていない、したがって安倍政権は格差を拡大させていないなどという論もあるが、少なくとも安倍政権が格差を解消しようと動いたようには見えないし、むしろ拡大した格差を放置し、格差が発生する原因を増やし続け、低所得層や貧困層の暮らしには冷淡な政権だった。

だからそんな政権の中枢にいた人物に関して無駄な税金をつぎ込んで行われるイベントに、何で「労働者側の代表」が参加しないといけないのか、全く意味不明なのである。

むしろ労働者の味方であるなら、安倍元首相は国葬に相応しい人物ではないと言って不参加を表明すべきだったのではないだろうか。

ところで芳野会長は強い共産党アレルギーをもった人物として知られている。

昨年の衆院選の際に、立憲と共産党が候補者を一本化するなど協力関係を強めていることについて「非常に残念」などと発言して野党共闘を妨害し、その後も「連合は民主主義であり共産党とはまったく考え方が違う」なとと言った、まるで日本共産党が反民主主義的な政党だと言わんばかりの根拠のない発言を繰り返している。

確かに連合は共産系の全労連と対立してきた歴史があるとは言え、芳野会長の常軌を逸した反共発言連発には何か違和感を感じていたのだが、その理由について、まさかのあの団体との関りが指摘され出している。

先月25日の会見で問われたのは、連合加盟の労組が研修などで利用する富士社会教育センターと教団との関係、そして自身と教団との関わりだ。

芳野氏が所属する労組JAMで副書記長を務めた労働運動アナリストの早川行雄氏が、「芳野友子新体制で危機に立つ連合」と題したリポートで〈芳野の反共思想は富士政治大学で指導されたもののようである〉と書いているほか、センターの影響が指摘されている。

 というのも、元民社党委員長が設立したセンターの理事長には、旧統一教会関連の世界平和教授アカデミー初代会長や世界日報の論説委員を歴任した松下正寿元参院議員(民社党)が就いていたからだ。大学校は組合員向け研修機関で、センターの教育部門である。

引用:https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/310864

富士社会教育センター?富士政治大学?

聞いたことのない組織だったが、早川行雄氏によると、どうやらもともとは公益財団法人の富士社会教育センター内に旧民社党系の労働組合員向けの研修機関として設立されたのが「富士政治大学」らしい(通常の大学ではない)。

芳野の反共思想は富士政治大学で指導されたもののようである。富士政治大学は1969年に西村栄一(元民社党委員長)によって設立された富士社会教育センター内に、労働組合員向けの研修機関として設置された。民社党は、社会主義協会など左派系が主導する社会党から分裂して1960年に結成された政党である。結成当初は、社会主義インターに対して「福祉国家から社会主義への発展のプロセスを示せ」とか「資本主義体制に代わる代案を示せ」などの要望を提出している(清水慎三「日本の社会民主義」1961)くらいだから、富士政治大学の設置を契機に民主社会主義を担う活動家を養成することで、泥臭い組合ボス中心の議員政党から脱皮して、西欧型社会民主主義の受け皿となるような大衆政党への転換が図られるべきであったが、そうはならなかった。

富士政治大学では、職場で共産党(民青)や社会党(社青同)の活動家と渡り合うための論争技術の習得や精神の鍛練に重きが置かれたため(当時の研修実体は、宇治芳雄「洗脳の時代」1981)、西欧型社会民主主義の受け入れよりも、安直な反共主義に依存した「理論武装」が重視されたのであろう。芳野の話を聞けば分かるように、そこで語られるのは「共産主義=悪」という、反証を拒んだ公理から演繹される教条の類ばかりで、知的な論証の体をなしていない。丁度、「日本は正しい」という教義から導かれる安倍晋三の歴史修正主義と同じ構造なのである。日本的民主社会主義の見果てぬ夢の行き着いた先が、芳野的空疎な反共主義だとしたら、先人たちは草葉の陰で嗚咽していよう。

引用:「芳野友子新体制で危機に立つ連合」http://gendainoriron.jp/vol.30/feature/hayakawa.php

なるほど、富士政治大学では「共産主義=悪」が「公理」のようなものになっていたようだ。

で、一番の問題はこの富士政治大学と旧統一教会との関り。

富士社会教育センター第二代理事長の松下正寿氏(故人)だが、1969年に旧統一協会関連の市民大学講座学長に就任し、73年の参議員時代には助言を求めるために文鮮明に面会、1975年には世界日報論説委員にも就任、79年に世界日報社から出版された『文鮮明と統一教会 その人と運動をさぐる』を監訳し、84年には『文鮮明 人と思想』を上梓している。

さらに1985年5月には設立された日韓トンネル研究会の設立総会で呼びかけ人代表として挨拶していたり、旧統一教会のシンクタンクとされる世界平和教授アカデミーの初代会長にも就任している。

参考:
ウィキペディア  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E6%AD%A3%E5%AF%BF
植草一秀の『知られざる真実』http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-23e774.html
道政アトラス https://ameblo.jp/hkinfo/entry-12753950276.html

 

旧統一協会は1968年に国際勝共連合を創設し、翌年にこの富士政治大学ができているわけだが、CIAが資金提供を行って結成を促したとされる民社党も反共主義で結党は60年だし、何か60年代というのは反共のための裏工作や組織の創設、運動の大きな流れがあるようだ。

まあそれは兎も角、要するにこの松下氏は完全にあちらの知識人(政治家)枠での関係者(信者?)なわけで、旧統一教会の反共主義と旧社会党右派でやはり反共主義の民社党の結節点にあったのがこの富士政治大学なわけだ。

そしてそんな反共主義ばりばりの機関で「研修」を受ければ、そりゃ反共アレルギーになるのも当然だろう。

そう言えば安倍元首相も自民党だし当然ながら反共だったわけだが、こう見てくると、もしかするとそれが芳野氏が安倍氏に弔意を示すために国葬イベントに参加したい理由なのかと疑ってしまう。

連合の公式ホームページにはこんな「ビジョン」が掲げてある。

連合がめざすのは、「働くことを軸とする安心社会」連合がめざす社会は、働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもと、多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、それを相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている活力あふれる参加型社会であり、加えて、「持続可能性」と「包摂」を基底に置き、年齢や性、国籍の違い、障がいの有無などにかかわらず多様性を受け入れ、互いに認め支え合い、誰一人取り残されることのない社会です。その実現に向けて、「働くこと」につなげる5つの安心の橋を整備していくことが求められています。

引用:https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/society/vision.html

「多様性」を認めるなら、少なくとも自由主義や民主主義を容認する思想や政治的立場にも寛容であるべきだ。

今の日本共産党は少なくとも反民主主義でも反自由主義でもないし、そうでないというなら芳野氏は明確な根拠を示すべきだろう。

連合はこういうヴィジョンを掲げてるのだし、もっと多様な価値観からなる労働者の利益や権利を守るために活動していくべきだ。

それにしても、いつまで反共アレルギーのトップを据えておくつもりなのか。

もっとまともな人が会長にならないと連合自身にとっても野党の連携にとっても害悪でしかないと思うのだが。

 

 

 

 

 

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