保守と保守思想 ナショナリズム

偏狭なナショナリズムのネットウヨと安倍政権は明治の国粋主義者の爪の垢でも煎じて飲め!

「偏狭なナショナリズム」を煽る安倍政権とそれに陥るネットウヨ

日本人のナショナリズムについて、安倍首相は「健全なナショナリズム」と「偏狭なナショナリズム」に分けて考えるべきだと述べた。

〈自国の旗を振ったり、自国の国歌を歌うことは健全なナショナリズムである、と。偏狭なナショナリズムとは対立する相手国の国旗を燃やすような行為なんですね。その意味で、おおむね日本人がやっていることは健全なナショナリズムなんです〉(2007年6月27日号。インタビューは2006年8月2日)

※SAPIO2013年6月号

引用元:https://www.news-postseven.com/archives/20130514_187299.html

少し前の記事だが、こんな安倍首相のインタビュー記事を見つけた。

上の引用文を見て安倍首相ですら「健康(全)なナショナリズム」と「偏狭なナショナリズム」を分けて考えることが出来るのかと一瞬だけ思ったが、「相手国の国旗を燃やすような行為」をやる連中と似たようなメンタリティを持ったネットウヨが彼の支持基盤であり、アメリカには黙って何でも従うくせに韓国にだけにはやたら強気で批判ばかりやっている安倍政権がそんな彼らの「偏狭なナショナリズム」を煽っていることを考えると、二つのナショナリズムの違いを全く理解していないのは明らかだろう。

ナショナリズムには「健康(全)なナショナリズム」と「偏狭なナショナリズム」がある。

前者は支配国からの独立を勝ち取ろうとする政治運動に見られるような自由主義的で民主主義的な愛国心に根差すものであり、後者は自国中心主義的で、外国人を排斥したり自由を抑圧する政府権力に迎合するような歪んだ愛国心に根差すものだ。

昨今ネットの掲示板やTwitterで飛び交う、中国人や韓国人に対する差別的な言葉を見かけるたびに、「真っ当な常識ある日本人」としては恥ずかしさと汚らわしさを覚えるものだ。

こいつらほんとに愛国者か?といつも思う。

日本人の品性の下劣さと歴史への無知をさらけ出して、そんな「偏狭なナショナリズム」を支持率アップに利用しようとする政権の手口に乗せられてるだけだし、自分らの中にある捻じ曲げられた「凄い日本」に自分のアイデンティティを同一化して矮小な自分を少しでも大きく見せて日頃自分を馬鹿にしている周囲の連中からマウントを獲りたがっているに過ぎない。

そういえば評論家の古谷経衡氏が以前テレビ朝日の玉川徹氏によるインタビューに応えて、こんなことを話していた。

https://twitter.com/sumerokiiyasaka/status/1078259047902650369

古谷氏によれば、ネットウヨと言われる連中の定義は「反韓」「反中」「反朝日」を主張する人々のことで、この中の1個でも当てはまらなかったら「パヨク」認定されるらしい。

あー俺も完全に「パヨク」だな(笑)。

まあそれはともかく、彼らネットウヨの「偏狭なナショナリズム」に根差した汚い差別的落書きで占められるネットやTwitterの言論空間を見るにつけ、ああ日本は「健康なナショナリズム」を涵養する戦後教育に失敗したんだなあとつくづく思ってしまう。

 

明治期国粋主義者のナショナリズム

「健康なナショナリズム」という言葉は、戦後間もないころに政治学者の丸山真男が陸羯南ら明治中期の「国粋主義者」に対して評した言葉が初出ではないかと思う。

「国粋主義」とは「ナショナリズム」の訳語の一つだが、一般には自由主義や民主主義とは対立するファシズムと親和的なイデオロギーというイメージが強い。

しかし実際には丸山が羯南に対して述べたように「進歩性と健康性をもった」ナショナリズムだと理解している(『戦中と戦後の間』)。

陸羯南は新聞「日本」の主幹として、三宅雪嶺ら雑誌「日本人」の言論人ら政教社系のグループとともに日本の伝統を擁護する保守主義的立場に立ったうえで、鹿鳴館外交に象徴されるような欧化政策を批判する論陣を張ったが、それは必然的に反政府・反権力的な批判となったため、「日本」も「日本人」もいずれも何度も発行停止処分を受けている。

彼らのナショナリズムは、欧化主義の流れに抗って日本の伝統に含まれる良質な部分を保守しようとしつつも偏狭な伝統主義に陥って排他的なショービニズムになるわけでもなく、国民主権に根差した民主的国家の確立を模索するものだった。

彼らには日本固有のアイデンティティとして「伝統的日本」を保守しつつも、国民主権や自由主義といった近代の理念を取り入れた近代国家日本の確立を目指す視点があった。

この漸進的な進歩主義と反権力の自由主義的姿勢こそ保守主義的なナショナリズムの神髄だろう。

 

ネットウヨの最大の欠点と本当の保守

翻って今の日本の「ネットウヨ」や「自称保守」の多くは、政府がどんな売国政策や反民主主義的で反自由主義的政策をとろうと、政府のやることなら全て認めるというだけの単なるカルト安倍信者に過ぎない。

原発事故が起こっても何らの反省もせず徹底した調査と情報公開も怠りながら他方で放射性物質にさらされる国民の命や健康を軽視した帰還政策や原発輸出、汚染土の拡散を行おうとし、沖縄の民意の大半が反対であってもそれを無視して沖縄米軍基地への辺野古移設を押し進めたり、水道民営化や種子法の廃止といった国民の命にも関わる政策を進めたり、TPP締結によって国内の1次産業を衰退の危機に晒してしまおうと、ネットウヨや自称保守には安倍政権がまともでそれを批判する野党が売国に見えるらしい。

真逆だろう。

紛れもなく安倍政権や自民党の推し進める政策こそが売国であり、それを批判する野党の方が保守的だ(それに安倍政権の腐敗や偽造捏造を批判をするのも真っ当だ)。

要するに彼らは、どんなに安倍政権が売国政策を進めようとそのことの中身はどうでもよく、安倍首相が的外れな韓国批判や野党批判を行っていればそれでいいのだろう。

彼らの最大の欠点は、権力の行き過ぎをチェックしようとするバランス感覚がないということ、そして権力の自由への介入を批判する視点をもたないこと、平気で韓国人や中国人への差別的言動を吐き散らすことだ。

加えて、金太郎飴的な横並びのカルト思想から逸脱する他者を「パヨク」とか「在日」といったレッテルで黒塗りしてしまうことからも明らかなように、他者の言うことに耳を傾け、少しでも理解しようとする姿勢が全くない。要するに知性を欠いていて傲慢なのだ。

おそらく彼らの頭の中では「パヨク」=反権力の自由主義者なのだろう。

しかし本当の保守とは権力の行き過ぎに対し警戒感を抱くバランス感覚を持ち、自由主義の立場から政治権力への介入には徹底して抵抗する立場のことだ。

したがってネットウヨや自称保守などの今の安倍政権を支持する輩は全く保守でもなんでもない、単なるカルト思想や新自由主義的グローバリズムの信仰者もしくは病人に過ぎない。

今日ではメディアにまでそんなネットウヨ的な思想が蔓延っているが、大変危険な状況だろう。

ネットウヨ諸氏と安倍擁護の言論人、そして彼らに影響を受けてTVや新聞でネットウヨ的な報道を繰り返す連中は、そんな病気を少しでも治療するためにも明治期の国粋主義者の爪の垢でも煎じて飲むことをお勧めする。

 

 

 

 

 

 

 

 

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