東京オリンピック 新型コロナウイルス

オリンピックに向けた混乱は非科学的利権優先政治の成れの果て

むかーし、むかーし、東洋のあるところに「科学立国」と呼ばれる島国があったそうな。

その国は戦争後に経済が発展し、みんな中流の暮らしができるようになって、国民は自分たちの国を「先進国」と呼んでおったそうな・・・・・・。

 

そんな「科学立国」や「先進国」は今は昔、とっくにこの国は科学の力というものを忘れ、科学が政治に埋め込まれるのではなく、政治が科学の至るとことに埋め込まれ、政治が科学を支配し、都合のいいように利用する国となり、今や“衰退国”へとなり下がりつつある。

科学よりも政治、あるいは科学よりも利権が優先されている昨今の最大の事例は言うまでもなくコロナ対策。

検査と隔離という防疫の原則をおろそかにし、水際対策もPCR検査より精度の低い抗原検査を優先して対応するというざる状態、医療スタッフもリソースもいつまで経ってもしっかりとした予算を付けて増やそうとせず、南京虫の卵付きのアベノマスク2枚だけ配ったら国民は“安心”すると考え、中抜きのGOTOやって感染を全国津々浦々まで拡大させようとする有様。

ゼロコロナを目指した徹底した封じ込めではなくウィズコロナなどと呑気に構え、変異株で今後どうなるかもわからないのに、治療薬は無視してワクチン一辺倒でしか解決を図ろうとしていない政府や分科会、厚労省の態度に、これから先もこのままで大丈夫なのかと不安を抱いたり、うんざりしている人も多いはずだ。

そしていちいち例を挙げないが、この歪んだコロナ政策の背後には様々な利権が蠢いており、利権に政策が歪められているわけで、あきらかに科学より「政治」が優先されている。

そしてここにきて一気に科学ではなくIOCやスポンサーの利権、あるいは政治的な別の何かを重視する態度が噴出しているのが東京オリンピック。

いつの間にか“開催か中止か”といった議論は脇に追いやられ、電通支配下で自分たちもスポンサーの一翼を担っているテレビや新聞では開催前提で“何人まで観客を入れるか”という議論ばかりが報道されるようになった。

そして恐ろしいことに、全国100万人以上の子供たちをオリンピック観戦に動員しようという計画が発覚したり、

 

選手村でコンドームを配ると言って世界中の失笑を買ったり、

 

そして今度は飲食店にはあれほど厳しく制限を課していた酒類の提供をオリンピックで認めるなどと言い出した。

子どもの動員は国威発揚、コンドームの提供と酒類提供はコロナ対策よりスポンサー利権を優先させたということだろうか?

あれだけ国民に濃厚接触は避けるように言ってきたくせに、オリンピックだけは例外扱いのオンパレードだ。

しかし五輪開催という巨大なシナリオを国民の過半数の反対を押し切って強行するためか、これ以上の反発を食らうのは流石に厳しいらしい。

結局子供の動員もコンドームの配布も酒類の提供も「観測気球」ということで、世論の動向を伺っていたようだ。

そして結局は世論の反発を食らって子供の動員を中止する自治体が相次ぎ、コンドームの配布は帰国時に配布、酒類の提供は取り下げるという事態に・・・。

 

 

 

そりゃ選挙があるしね、自民党もこれ以上国民の反発食らうようなことはしたくないだろう。

しかしIOCのウーバーイーツ配達要求はどうなる?

これ認めたら酒も調達できてしまいそうだが・・・。

他にもパブリックビューイングの中止云々なんてものもあったし、もうオリンピック関連のゴタゴタは呆れてアホとしか言いようがない。

科学的根拠もなくIOC・スポンサー利権でオリンピックを開催決定し、これまた科学を根拠とした基準も決めずに適当に利権や政治目的で観客、子供の動員、酒、コンドームまで決めたり中止したりという適当判断の非科学的政治の成れの果ての混乱だろう。

大きなイベントは商売のチャンスなのは分かるし、ある程度は利権が絡むのも仕方がないことだ。

しかし国民の命と健康はそれ以上に重要なことだし、政治の中に科学が埋め込まれて科学的判断というのを重視していたら、到底オリンピックなど開ける状況ではない(そもそも福一の原発のことを考えたらオリンピック誘致どころではない)。

なのに先の大戦のインパールや特攻といった非科学的非合理的な作戦で多くの戦闘員の命を奪ったのと同じ状況が、今度のオリンピックでも繰り返されようとしている。

日本がもう一度「先進国」の仲間入りするには、科学的判断を政治や企業の利権より大事にする国になる必要がある。

やはり来る選挙で政権交代を実現させるしかない。

 

 

 

 

 

© 2021 自由を保守したい人のブログ Powered by AFFINGER5